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縣居通信


【縣居通信8月】
『にひまなび』と『古今和歌集打聴(こきんわかしゅううちぎき)』に見える
賀茂真淵が女流門人に奨めた歌風

 万葉主義を説いた賀茂真淵ですが、女性の歌に対する考えは男性に対するものとは異なっていました。真淵が著した書物の中でも、『にひまなび』は『歌意考』に比べると、女性の読者を意識して書かれたものと考えられます。その『にひまなび』には、「その高く直き心を万葉に得て、艶(つや)へる姿を古今集の如く詠む時は、まことに女のよろしき歌とすべし。その姿もまた、今の京のはじめつ方なるによるべきなり。」とあります。「女性の歌には女らしさのあるべきことを認めて、万葉の高く直き精神を失わず、艶へる姿を古今集から学ぶべきこととする。」という意味です。また、「古今だけを学ぶと心狭く技巧に流れる悪弊(あくへい)に陥りやすい一方、高尚、素直な大和魂を失うことになる。」として万葉の心すなわち大和魂と古今の姿を兼習すべきとも教えています。特に、武家の妻は大和魂を忘れてはいけない、さらに後世の女性の歌が委縮、屈曲するようになったのは本来の大和魂を忘れ去ったためであると説きました。真淵の大和魂は、男性にとっても女性にとっても普遍的(ふへんてき)な概念ですが、『にひまなび』は、このように女性について述べている点が特徴です。

 また、真淵は古歌を通じて女性の気持ちを疑似体験することで、女性的体質に自覚的になることに努めました。

 『古今和歌集打聴(こきんわかしゅううちぎき)』では、紀貫之(きのつらゆき)の
我(わが)せこが 衣はるさめ ふるごとに 野べのみどりぞ 色まさりける
(あの人の衣を張る、春の雨が降るごとに、野辺の緑の色が濃くなってゆく)を、従来の貫之が女性に対して詠んだ歌ではなく、女性の気持ちになって詠んだ歌であると旧説を強く非難しています。

 『あがたゐの歌集』にも、

萩がちる 秋風寒く 成(なり)ぬるか せ子が衣も ぬひあへなくに
(萩の花を散らせる秋風が寒く感じられることだ、彼の人の衣もいまだ縫うことができないのに)という一首が収められていますが、これも貫之同様、女性の気持ちになって詠んだ一首と考えられます。日頃の女性に対する和歌指導も、このような体験を踏まえたものだったのでしょう。

 このように、真淵は一方で男女の性差を強く意識しつつ、他方で自ら女性的体験を積みつつ、女性に和歌指導を行ったのです。

参考『近世和歌史』(佐佐木信綱 岩波書店) 『女流歌人篇 短歌講座第八巻』(藤川忠治 改造社)
『国文学解釈と鑑賞 特集近世の人たち』(鈴木 淳 至文堂)