メールでのお問い合わせはこちらから

お問い合わせ

縣居通信


【縣居通信6月】
賀茂真淵記念館収蔵品紹介1
収蔵№4 本居宣長書簡 石塚龍麿(いしづかたつまろ)あて〝四月十三日〟巻物
 この宣長書簡が貴重なのは、〝清濁考序認め進し申候〟(九行目)とあるように、『古言清濁考(こげんせいだくこう)』の、宣長自筆の〝序〟とともに龍麿に届いたものだからです。今も合装されています。
 『古言清濁考』は、石塚龍麿が著したもので、記紀万葉を資料にして、上代語の清濁を一語一語に当たって区別し、辞典風にしたものです。宣長からとてもほめられています(『玉勝間(たまかつま)』四の巻)。この本は、遠江国学が県居(あがたい)学派から鈴屋(すずのや)派への変貌を示すものとしてとても注目されるものです。〝愚老も先月廿七日帰着〟(六行目)とあるように、宣長が名児屋(名古屋)から先月(3月)27日に松坂に帰着したというのですから、『宣長日記』によると寛政四年(1792)宣長六十三歳のことと分かり、この書簡も寛政四年となります。

収蔵№24 本居春庭和歌懐紙〝秋日〟
 この和歌は、春庭の失明以前の直筆です。九・十・九音の三行と真名三字は、二条流和歌懐紙の作法にあっています。
 春庭がこの和歌をいつ詠み、いつ書いたかは不明ですが、宣長の『鈴屋歌集』二之巻に、〝野亭夕萩 咲つゝく萩をまかきにゆふ露のなかめえならぬ野へのかり庵〟の歌があり、『石上稿』十五によると、天明四年七月廿日の詠ですから、春庭もこの時とすると二十二歳となります。春庭が十三歳になると宣長は初めて写本をさせました。最初の写本は真淵が著した『にひまなび』という本でした。その他にも真淵の『岡部著述書』『岡部歌集』『万葉考別記』を写しています。
 天明元年(1781)11月9日夕刻からの宣長宅の真淵追慕の会で、十九歳の春庭は〝賀茂大人をしのびてよめる〟として、〝いかにしてむかしのみちをたづねまし君がしをりのなからましかば〟など三首出詠しています。