【縣居通信2月】
江戸での真淵の学問への思いを受け継いだ楫取魚彦(かとりなひこ)
真淵の江戸での優れた弟子の一人である楫取魚彦は、真淵の県門四天王の一人に数えられているほどの人物でした。享保8(1723)年3月2日、下総香取(しもうさかとり)郡佐原村、現在の千葉県香取市佐原に生まれました。
真淵の多才な弟子である楫取魚彦は、どのような経歴を歩んできたのでしょうか?
当初は俳諧をたしなみ、その後、青年期は建部綾足(たけべあやたり)に画を学びました。絵は写生的な梅、鯉魚などを好んで描きました。
宝暦9年(1759)年、30代のころ、賀茂真淵に入門してからは国学の比重が増して、明和2年(1765)には江戸に茅生庵(ちぶあん)を構えました。万葉調の歌を得意として、真淵の作風を継承しました。
契沖の提唱した歴史的仮名遣いを整理増補した研究書である『古言梯』(こげんてい)の完成が魚彦に江戸移住を決意させたと見られています。江戸に出るにあたっては、家督を息子に譲り、真淵の家の近く(浜町山伏井戸)に住みました。真淵の没後、県居派で魚彦に従う者が多く、彼に古学や和歌を学ぶ者が数多くいたと言われています。
なお、魚彦の本姓は伊能で、同郷の親族に測量家の伊能忠敬(伊能三郎右衛門)がいました。
令和5年度の平常展「賀茂真淵と国学者の古典研究」~受け継がれた真淵の古(いにしえ)への思い~では、魚彦が描いた「鯉図」が展示されます。ぜひご覧ください。
※展示期間
前期
R5. 5/25(木)~9/24(日)
後期
11/30(木)~R6. 5/19(日)